公共事業見直し公約を捨て去り、脱被曝に背を向けた一般会計予算に反対する |
公共事業見直し公約を捨て去り、脱被曝に背を向けた一般会計予算に反対する
平成26年度一般会計予算に反対の立場から意見を表明します。
保坂区政発足から丸3年を迎えます。残された任期はあと1年です。前熊本区長を支えた政治勢力の分裂状況の中で、市民が担いだ候補者として保坂選挙は行われ、石原都知事が後押しをした花輪ともふみ自民党推薦候補を僅差で破って当選しました。
2011年3月30日、私を含め、区内の大規模公共事業の見直しを求める市民7名が二子玉川の喫茶店に集い、大震災と原発事故以降の「自粛」ムードの閉塞した政治状況の中で、区長選をどう闘うかが話し合われました。結果、政党ではなく市民が、3・11という歴史の転換点にたって保坂氏を擁立しようと立ちあがったのです。
保坂候補は脱原発と大規模再開発優先の区政からの転換を主に公約として掲げ、選挙戦を闘い勝利しました。
しかしながら保坂区長は、当選直後からその公約履行を疑わせる行動を取るに至り、その後の保坂区政の在り様を見ると、選挙戦に担いだ市民の期待はことごとく裏切られているといえましょう。
公約の「大規模再開発優先の区政からの転換」は区内の4大開発である小田急線連立・下北沢、京王線連立、二子超高層、外環の全てについて歯止めがかかるどころか、かえって促進されるにいたっています。
裏切りは、当選直後に始まりました。
京王線沿線住民は311の地震で中断していた京王線の都市計画説明会の中止と、311での東北新幹線の橋げた崩落を契機とした計画の地下化への全面見直しを求めていました。
ところが、正式就任もしないうちから東京都と妥協し以前の計画のまま説明会の実施を決めてしまいました。かくして沿線住民の反対にもかかわらず、また基礎調査資料の公開もないままに、2012年10月に都の京王線高架都市計画決定が容認され、関連する区の都市計画決定も保坂区長自らが行ってしまいました。そして、住民が差し止め訴訟を起こす動きを見せると、行政側は本年に入って訴訟が提起されたまさに2月28日に事業認可を強引になすに至りました。平成26年度予算には京王線連立関連予算7億3000万円が組まれています。
一方、下北沢についての道路見直しについては、区長は上部利用の検討から入って、交差道路である補助54号線や駅前ロータリーの見直しに向かうと、下北沢での運動団体には約束していました。しかしながら、平成24年度予算より下北沢再開発の拠点となる補助54号線や駅前ロータリーに予算がつけられ、平成26年度も継続して約10億円の予算が付けられています。さらに平成26年度からの「せたがや道づくりプラン」には下北沢の補助54号線の2期・3期事業が優先整備路線として位置付けられ、区長は選挙戦の根拠地とした下北沢の再開発問題の要である補助54号線の事業見直しさえ行おうとしていないことを露呈させてしまいました。
また他方、東急線がらみの二子玉川超高層再開発は2012年1月に2期事業が着工され、外環の工事は2012年9月に着工するにいたりました。二子玉川では既に一期工事中から風害が報告され突風で人が歩行困難になるほどの深刻な被害をもたらしているにもかかわらず、2期工事はストップもしないまま継続し、平成26年度には19億2600万円もの予算が付けられています。
保坂区長は代議士時代には公共事業チェック議員連盟の事務局長をも務め公共事業の見直しには熱心で八ッ場ダムや外環問題を反対の立場でとりくんでいました。外環問題は国管轄の事業に属するだけに、区長権限だけで見直せる問題ではありませんが、地元区長として対応すれば、事業の抜本的転換のきっかけをつくることもできないわけではありません。1メートル1億円一兆数千億円もの経費を掛ける外環事業は中止し、その経費を復興予算や脱原発に向けた予算に差し変えるのは理にかなったことであるはずです。
ところが、就任後保坂区長は事業に対し抵抗を試みることを断念し、推進側に回ったのでした。世田谷区は緑33という施策がありますが、ケヤキ一本守れない区政であってはなりません。
一方、公約のもう一つの柱である脱原発については、エネルギーシフトについて、政府や他自治体も推進するこの分野のみでの一定の取り組みを自慢しているだけでは脱原発へのパラダイムシフトを牽引しているとは言い難いといわなければなりません。区の公式文書には脱原発も脱被曝も一切出てこないのであります。
さらに問題は、311以降の放射能問題への保坂区長の無頓着さにあります。放射能汚染重点地域に指定された群馬県川場村での移動教室に小学校5年生5000名を超える児童を授業の一環として毎年、連れて行くことを止めようとはしていません。同じく放射能汚染重点地域の日光市での小学6年生の修学旅行も止めようとはしていないのです。結果、放射能問題に関する学校教育も社会教育も原発温存の立場で行われるようになっており、区民を放射能から防御するという脱原発政策の基本中の基本ができていないのです。
世界的に著名な反核反原発の小児科医で内部被爆問題にも厳しい見解を持つヘレン・カルディコットさんの講演会が3月13日に成城ホールで開催されました。1971年に大気核実験を止めさせ反核と放射能防護に貢献してきた同医師の傘下組織である「核戦争防止医師会議」はノーベル平和賞を得ており、ヘレン・カルディコットさんは世界的にも一目置かれる存在でもあります。区長が同医師の講演会に出席し挨拶をされるというので、2月25日の一般質問の際に、ヘレン・カルディコットさんの講演会で挨拶されるからには川場村移動教室は止めるべきだと迫ったところ、区長は「この内部被曝問題の講演会を聞いてよく判断したいと思っています」と答弁されました。
3月13日のヘレン・カルディコットさんの講演会では東京での放射能汚染の危険、とりわけ浮遊放射能核種粒子からの内部被爆の危険も指摘され、会場からの質問に答えて、より汚染度の高い川場移動教室からの撤退が提言されました。にもかかわらず、区長はこの提言さえ避け、キチンと検証することもなく、川場移動教室を続行する判断を3月24日に示しました。まさに食言というべきです。
保坂区長は議会答弁では放射能と発がんとの関係において閾値はないとしているにも関わらず、内部被爆問題に関心が低く、今回ヘレン・カルディコットさんの講演会で示されたEUの研究成果による衝撃的な拡散図の評価はともかくも、チェルノブイリ原発事故と同等のレベル7と認定された福島第一原発事故によって放出された膨大な量の放射線物質による汚染が世田谷区にも及んでいるとの認識が決定的に欠けているばかりか、検証さえしようとしていません。
その証拠に、私からの再三の要請にかかわらず、プルトニウムやストロンチウム放射線核種のみならずセシウムについても世田谷区内の土壌汚染調査は一切実施しないという対応をいまだに続けているのです。また、平成26年度予算では放射能検査体制が縮小されますが、福島第一原発事故の深刻な実態が次々に明らかにされている今、縮減などもってのほかであります。
さて、私は2月25日の一般質問で、区長自らが小泉元首相の脱原発ゼロ発言をたたえ、小泉元首相が押す細川元総理の都知事選立候補により脱原発が争点となったことを評価していたにもかかわらず、実際の選挙戦では何故、細川候補を支持しなかったのかをお聞きいたしました。
区長の答えは、「誰が知事でも課題をともに解決したいとの願いからである。」でした。
そつがなくて、優等生的な答えであります。
あなたは都知事選では動かなかった。盟友であるはずの原発被災地の桜井南相馬市長が細川候補を熱烈支持したのとは好対照であったと思います。
保坂区長、私は、あなたにはことごとく裏切られたけれども、三年前の311後のあの時点で、脱原発・公共事業見直しと云う正当な公約を掲げたあなたを担いで闘い区長選に勝利したことを後悔はしていません。だからこそ、今、その公約とは真逆のことを行っているあなたを私は真っ向から批判しているのです。
改憲を日程に乗せた安倍反動内閣に対抗し、原発再稼働阻止を勝ち取るべきであった2014年の歴史的な都知事選を、保坂区長、あなたは「だれが知事でも課題をともに解決したいとの願いから」として誰をも担がなかったし、支持表明さえ拒否をしました。
八方美人はやめたまえと言っておきましょう。
(一般会計予算への反対意見といたします。)