平成27年度予算編成に対する意見・要望(その8) |
パーキンソンの法則ではないが、官僚組織はほっておくと増大する。たえず見直しが必要である。商工行政や啓発広報などは、過剰となることが多い。本来商工業者に任せておけばよい事業への過剰なサービスや介入はかえって商店街や職業団体の衰退や不活性化を招くので、精査されたい。各種啓発広報なども過剰なものが多い。
外郭団体のなかで、まちづくりトラストについていえば、まちづくり部門は要らない。緑のトラストと都市再開発とは水と油の関係にある。まちづくりセクターは、もともとは都市整備公社の流れをくんでいる。まちづくりと称しながら、開発誘導のお先棒担ぎが数多くみられたし、まちづくりセクターを「せたがやトラスト」と共存させているために、公益法人の法人格をなかなか取れないという問題点もある。解体し、世田谷トラストを独立させるべきである。
また、この種の外郭団体には、区の役人が天下ったり、運営を牛耳っていたりして、市民主導の外郭団体となりえていない。
NPOの充実とその支援によって、代替可能なものが多数ある。お役人の天下り先や、業者・業界との迂回した癒着の温床となるような外郭団体は整理してしまうべきである。
6)福祉・教育・環境セクターへの人員配置を手厚く
行政人員は、ただ単に削減すればよいというものではない。福祉・教育・環境セクターなど、区民生活にとって必要不可欠なサービスは人材の質量とも充実させていく必要がある。
区民個々人の生活に深く関係するサービスは手厚くし、内容において本来的に公的に必要だとは言えないものとの仕分けを徹底し、不必要なものは削るべきである。
7)都市農業は区民の共通財産として企画を
生産緑地制度の形がい化がいわれて久しい。将来の宅地化のための猶予としての生産緑地制度になってしまっていることが問題だ。法整備も必要だろうが、生産緑地を農地として存続させるためには、宅地化への転用を認めず、都市型農業を希望する区民や法人が農業を存続させていくシステムをつくりあげていくべきである。レジャー農園としての活用も、もっと発展形を考えるべきである。
8)文化・文芸・知的活動の拠点をつくろう
現在の世田谷の図書館では読書会すら開けないシステムになっている。
子供の利用のみに焦点を当てるのではなく、大人どうしが知的文化的交流を深めるための空間の確保も必要だ。
図書館はレファレンスサービスなども充実させて、世田谷の知の拠点として整備し直す必要がある。
議会図書館を充実させるとともに、区立図書館とのネットワークを充実させたい。フランスなどでは古くから定着している制度による職制にアーキビストがある。行政情報を区民共有のものとするために、他の自治体に先駆けてアーキビストを置くべきである。この人に聞けば、世田谷の区政の情報のありかはわかるという職制としたい。5年や10年で、ましてや半年で行政情報を捨てられてはかなわない。
2012年10月に区内の京王線連立事業の都市計画決定はされたが、この基礎資料でもあり国庫補助を受けて行われた「連続立体交差事業調査」の第一次分の報告書は事業地の当事者である世田谷区が求めたにもかかわらず、秘匿されたまま東京都によって2013年3月までに廃棄処分にされてしまったという。
都市計画の重要書類さえ捨ててしまうという文化は正されなければならないし、世田谷区は東京都に抗議し、資料の収集を要求すべきである。
9)都市間・地域交流は歴史に根差したものに
都市間交流はこれまでのものを継続するのもよいことではあるが、歴史に根ざした交流を探ってみたらいかがか。
世田谷は関東吉良の支配から後北条の支配、その後井伊家の領地となった歴史を持っている。江戸時代を通じて君臨した井伊家の本拠地彦根との交流は重要だろうし、井伊家ということであれば高崎も関係し、これは川場村ともつながってくる。佐野奉行が間接統治していたことからは栃木の佐野市との関係もある。江戸時代前の後北条関連では、小田原城、八王子城、江戸城、川越城、鉢形城、世田谷城といった関東北条サミット的な付き合いも出来る。
放射線量が高いということもあり、日光の林間学校に父母の危惧が持たれている。日光は東京からも近く、いずれ放射線問題が落ち着けばいつでも行ける距離にあるのだから、この際、修学旅行として、彦根市を中心に行き先を変えてみたらどうだろうか。
彦根城のみならず、琵琶湖沿いには安土桃山上城やその博物館もあり、歴史の勉強にも役立つと思われる。
10)海外都市との交流は実のあるものに
ウィーンのデュブリンク、カナダのウニペグ、オーストラリアのバンバリーと交流しているが、区民に認知度が低いのみならず、世田谷区行政としてもこれらの都市との交流について専門に担当しているセクションが見当たらない。何よりもこれらの地域の政治・文化・経済等についての情報集積をしなければ交流の意味もない。なお、交流先が「白人圏」に限られており、脱亜入欧の名残が見て取れる。交流先の見直しや拡大も含め、広く深く交流する環境と場や機会をつくるべきである。
2013年に区議会の内部にも、アジアとの交流を目指す議員の動きが超党派で生まれてきたことは、機運醸成に役立つであろう。
以上