【2012年10月19日 決算認定反対意見表明】石原都知事と闘わないならば、「闘う区長」の呼称を返上せよ! |
石原都知事と闘わないならば、「闘う区長」の呼称を返上せよ!――パフォーマンスを繰り返すだけでは、3・11後のパラダイムの転換に応えたことにはならない
【2012年10月19日 決算認定反対意見表明】
平成23年度一般会計歳入・歳出決算認定とか4件全てに反対の立場から、「緑の党Greens Japan世田谷」の意見を述べます。
平成23年度予算は熊本前区長が組んだ予算であります。昨年4月に保坂区政に変わりました。熊本時代に増大した大規模再開発事業の見直しや、削られてきた福祉予算の復活、文教予算の増進、脱原発に向けた施策の大胆な展開など、大幅な予算の組み替えを期待しましたが、そうはなりませんでした。
保坂区長は就任早々、前熊本区政から95%を引き継ぐと宣言し、変化よりも前区政の継承を選びました。
その結果、本年度予算の議会審議の際には、自民党をして99%継承していただいたと言わしめました。
平成23年度予算につきましては、全てに反対致しましたので、決算についても反対と致します。昨年は22年度決算認定については、保坂新区長の登場に免じて一般会計の決算のみ反対し、その余は賛成といたしましたが、今回の23年度決算認定については全てに反対致します。
3・11の地震と津波の災害、引続く福島第一原発の事故が戦後日本の時代を画する大事件であったことはいうまでもありません。
求められているのはパラダイムの転換です。
2011年3月30日、超高層再開発が進行中の二子玉川で、区内各地で大規模再開発に対抗して闘っていた市民運動の7人の仲間が、石原都政と結びついた候補者を打ち倒すために、あなたの存在に活路を見たのです。
選挙戦の最初の演説は下北沢南口を下った辻で行われました。
あなたはこう語った。
「皆さん、区長というのはですね、住民の代表ではなかったんでしょうか。違いますでしょうか。それとも、石原都知事の、ある種の、指令の下に動く、管理職なんでしょうか。残念ながら、この8年間、住民の代表としての顔が見えなかった。だから、このまま世田谷区が、また、その同じ区政を継承するようなことになったら街が死んでしまう。こんな思いを私、受け止めました。」
ちなみに、この演説に感激して、あなたの後援会の代表者は当時、次のような文章をブログに書いています。
「今回の世田谷区長選は、道路や大きな建物の開発事業を、石原都知事の意向のままに進めてきたこれまでの区政をそのまま継承するか、それに待ったをかけて、ひとのいのち、緑、環境を大切にする区政にするかの二者択一。さらにいえば、石原の御用機関のような区政か、住民の参加による民主的な区政かの選択だと思っています。一人ひとりはそういう視点から一票を投じることができる。」
私も、あなたの下北沢での演説に感激したものです。しかしながら、あなたを担ぎ上げて、3週間、全力疾走をして、勝利を手にし、その余韻に浸る間もなく、現実は暗転へと向かいました。
都知事選や区長選で首長の交代が予定されているにもかかわらず、その繁忙期を狙って仕組まれていた京王線高架連立事業の都市計画案の説明会は3・11後の余震もあって、選挙後に順延されるに及び、その説明会の取り扱いが注目されていました。
3・11は東北の鉄道や新幹線に甚大な被害を引き起こしました。とりわけ、安全性については技術の粋を集めたとして誉れの高い東北新幹線の高架橋が粉々に砕けるなどしたため、3・11以前の設計思想に基づいた京王線の在来線高架の都市計画案の見直しを求める沿線住民の声は高まっており、説明会の順延実施か、説明会を取りやめての都市計画の見直しかが、大きな課題となっていました。
ところが、熊本区長からの区政の引継ぎもままならぬうちから、京王線の連立事業については、保坂新区長は都市計画説明会の5月実施を決めてしまい、沿線住民や私からの京王線都市計画案見直し要請のみならず、説明会の順延には全く耳を貸さないという対応を取ったのであります。
この対応は、未だもって不可解であります。
何回かの面談では、かなりの論争になりました。私は、あなた自身が高架事業については側道の都市計画権者になるのだから、高架計画自体に責任を取らなければならなくなる。高架・地下の事業費比較の情報の詳細も知らぬままに、あなたは高架計画の責任を受け持つというのだろうか。やめるべきだ、少なくとも順延を表明すべきだと私はいいました。
あなたは、そのとき、こういいました。
京王線の都市計画案の説明会実施は決めてしまったことで変えるつもりはない。
そういわれてしまった以上、亀裂は決定的でした。
説明会を認めたところで、その後の修正は効くとあなたは考えたのか、京王線高架を容認することは大したことではない。住民運動に背反したとしても、あなたの考える大儀のもとでは致し方ないと考えたのか、保坂区長、あなたの心のうちは知る由がありません。
しかしながら、この問題への判断が当時始まろうとしていた保坂区政の性格を大きく規定する問題であるとの私の見立ては間違っていなかったと思います。二子、外環、そして下北沢への取り組み方を見てそう考えるのであります。
お気づきだとは思いますが、地下化された小田急線の上部利用計画の問題は一連の連立事業のあり方の問題なのであり、その意味においての上部利用の問題なのであります。3・11以降の連立事業のあり方を問うのであれば、これから始まる京王線の連立事業のあり方をも同時に検討しなければ、正しく問題を解決することにはならないのです。
連立事業は、市街地において事業を行うために、莫大な予算を伴う国家的事業です。小田急線事業だけでも経堂工区で1900億円、下北沢工区で1250億円、京王線の笹塚・つつじヶ丘駅間で2200億円ですが、関連事業を含めれば兆の単位ともなる事業です。そのことを良く頭においていただきたいのです。
先日の決算特別委の補充質疑の際、高架・地下の事業費比較の積算根拠等黒塗りの部分につき、世田谷区長として情報開示請求を東京都に文書で求めるべきだと要求したのに対して、区長はそのつもりはないと答えました。この答えではっきりしたことは、区長は東京都の情報秘匿の行為に対して争うつもりがないことを表明したということです。
一方、11月14日に「闘う区長」と題する本を出版するというので、何と闘い、誰と闘うのかと問うたとところ、あなたは次のように答えています。
「こんにちの社会は複雑でありまして、必ずしも行政機関、国が上位で都道府県があって区があるということではありません。闘うというのは、これまでのやり方によって積み上げられてきた慣習であったり、あるいは上位下達式の情報をしっかり開示しない体質も対象だと思います。」
問題はいつも具体的です。情報開示問題で東京都と闘うつもりがないのならば、「闘う区長」の呼称は返上すべきでありますし、情報公開や住民参加などという言葉も今後一切使うべきではありません。
あなたは、高架を前提とした側道や駅前広場の都市計画を高架が優位かどうかの情報さえ取らずに10月2日に、自ら、決定してしまったのです。
今回の決算議会では、川場移動教室問題や女川瓦礫焼却に関連して出たと疑われるアスベストの問題についても議論しました。
低線量の放射線と健康被害の間に閾値がないということを保坂区長は認めています。にもかかわらず、まあ大丈夫だろうとしたり、精神問題にすりかえたりする論理構成は破綻しています。除染を必要とするリスクの高い地域にわざわざ放射線への感受性の高い学童を連れて行くことを改めようとしないのはどうしても理解が出来ません。
当初は教育委員会の考え方に口出しは出来ないという対応だと思っていましたが、今では保坂区長自らが安全だと固執していることが、問題の解決を遅らせていると思えてなりません。
アスベストについても閾値なき発癌物質といわれていますが、区長は23区事務組合の安全見解を簡単に信じて、世田谷工場での操業につき止めようとすらしませんでしたし、女川瓦礫の受入を続けています。
1リッターあたり1.9本のアスベストは、一時間に3500万ℓの排ガスが出ている以上1日では15億9600万本にもなるのです。このアスベスト排出が何日続いたかさえ、説明できないというのは、区民に責任を持つ立場とはいえません。
外環の着工地の鉛やフッ素といった有害物質検出問題についても、廃棄場の瓦礫土壌を撤去する前の土壌汚染対策法に基づく安全対策を周辺住民は求めているのに、この悲痛な声に具体的に対応しようとはしていません。
脱原発を比較的取り組みやすく誰にも反対されないエネシフのみの取り組みに特化し、パフォーマンスを繰り返すだけでは、3・11後のパラダイムの転換に応えたことにはならないのです。
以上述べまして、平成23年度決算認定の全てに反対する意見表明と致します。